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水戸地方裁判所 昭和42年(わ)407号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕罪となるべき事実

被告人は、右のようないきさつのもとに昭和四二年一一月一二日施行された茨城県水戸市長選挙に際し、菊池弘外数名と共謀のうえ、右選挙に立候補した木村伝兵衛の当選を得、かつ、その対立候補者たる前記長谷川好三の当選を得させない目的をもつて、同候補者が、かつて笠間市長当時におかした赤字財政の失政と同候補者の私生活にこみいつた女性関係のあることをとらえ、これを奇貨として、同選挙の運動期間中である同月一一日午前二時頃、前記のようにあらかじめ準備した同候補者の似顔による怪獣が笠間市を喰いつぶし「ウフフこんどは水戸を喰つたるぞ」と叫びながら水戸市に襲いかかり、水戸市民が「キャーハセゴンだー」と悲鳴をあげている漫画一万枚、及び前記長谷川候補の似顔による運転者が砂利を満載した「長谷ゴン号」と名づけたダンプカーを運転し、助手席に英子、小夜子なる女性を同乗させ、水戸市に進入しようとして警察官から「市政の無謀操縦者立入禁止」と停車を命ぜられている漫画一万枚合計二万枚により、前記長谷川候補を誹謗した右趣旨の法定外選挙運動文書を自動車五台を使用して一班から五班に分れたうえ、これを同市大工町附近外数箇所の道路において、選挙人たる岩松実ら多数人に閲覧させてこれを頒布し、もつて同候補者に関し事実をいちじるしく歪曲して公にしたものである。<中略>

(本位的訴因につき)

(一) 検察官の本位的訴因の趣旨は、被告人が水戸市長選挙に立候補した木村伝兵衛の当選を得、その対立候補者たる長谷川好三の当選を得させない目的のもとに、公訴事実摘示のような漫画を右市長選挙の選挙区内に約二万枚も頒布し、これを閲覧した選挙人をして、右漫画にあるごとく、長谷川候補が私生活において女性関係にだらしなく、また笠間市長当時市政を喰いものにしたことを推測させ、同人の社会的評価ならびに信用につき、いちじるしく判断を誤らせたもので、右は、ひつきよう被告人が不正の方法をもつて選挙人に対する選挙の自由を妨害したというものである。

(二) そこで、右について当裁判所が、公選選挙法二二五条二号後段にあたらないとした理由を説明する。

(イ) 右公選法二二五条二号後段に定める「偽計詐術等不正の方法」とは構成要件上何をさすか、その限界はどこかを考えるあたり、まずここにいう「選挙の自由」とは、いつたい何を指すのであろうかを考えねばならない。同法二二五条が「選挙の自由妨害罪」と題している、その「選挙の自由」には、同条の規定それ自体からもわかるように、候補者又はその選挙運動者のための「選挙運動の自由」のほか、選挙人のためには、自己の良心とその信ずるところに従つて政治に参与することの「投票の自由」を包含している。検察官は、本件において、「選挙の自由を妨害した」というのは、前者ではなく、選挙人に対するそれを起訴の対象にしたと釈明している。したがつて、ここでは、おのずからそれに限定して説明することになる。

選挙人の選挙の自由は、ぜつたい守らねばならない。「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選挙に関し公的にも私的にも責任を問はれない。」と規定されているのも、その趣旨にほかならない。特定の公務員等がこれをおかせば、公選法二二六条二項などの規定で処罰を受ける。もし、何びとといえども、選挙人に対し暴行若しくは威力を加え、あるいは、それにいたらなくてもこれを拐引すれば、同法二二五条一号の罪として、刑法その他によらないで、これまた「選挙の自由」を犯すものとして処罰の対象とされる。他方特殊の利害関係を利用して選挙人を威迫すれば、これもまた同条三号のきびしい刑罰のもとで、選挙人は、自己の「選挙の自由」の保護を受ける。さらに、選挙人が交通等を妨げられたりすれば、これも前同様であり、このように公選法はあらゆるばあいに備えて、ここにいう「選挙の自由」の保障をしている。いまあげた順に規定をながめていけば、これは何よりも選挙人に対し、「自由に投票」のできることを主眼としていることは疑いない。これを、いつぱんに「投票の自由」とよんでいる。ところで、選挙人が投票を自由に、つまり、自己の良心とその信ずるところに従つて投票するには、その前提として、他の何からも干渉を受けない「判断の自由」が必要とおもわれる。「判断の自由」は投票の自由の不可欠の前提であるから、これを厳重に保障しなければならないことは当然である。すべて投票にかぎらず人の行動の自由には、その前提として、判断の自由がともなう。両者は相即不離の関係にある。しかし、その前提たる判断の自由だけを行動の自由を護る建前から、特別に保護することは意義のあることであつて、このことは、公選法においてとくに、必要であろう。このような観点から前叙のような諸規定のなかに、公選法が特になお同法二三五条のごとき規定をもおけたとおもわれる。

そこで問題となるのは、本件の対象となつている同法二二五条二号後段と右の同法二三五条二号である。前者は「交通若しくは集会の便を妨げ……」とし、ついでその後段において、「その他偽計詐術等不正の方法をもつて投票の自由を妨害したとき」と規定し、後者は、「虚偽の事項を公にし、又は事実を歪曲して公にしたとき」とする。その両者は、ともに、選挙人をして錯誤におとしいれるもので、字句に相違はあつても、ほぼ同様のことを規定のねらいにしているともおもわれる。しかしながら、もしそうとするならば、なにゆえに、同一のことを重ねて規定しているのであろうか。しかも、前者は四年以下の懲役若しくは禁錮うんぬんと定め、後者は、それよりもはるかに軽く二年以下の禁錮又は二万五〇〇〇円以下の罰金としている。前者は、その選挙人を錯誤におとしいれ、その判断を誤らせる手段方法が後者よりも悪質であるためなのか、それとも他に理由があるのであろうか。なるほど、両者の字句文言の相違のあることは前に示した。しかし、「判断の自由」という点だけに着目すれば、これを犯す程度や本質において相違はないはずである。おもうに、公選法二二五条ならびに同法二二六条のように懲役四年以下うんぬんという重い刑を規定しているものの個々の構成要件事実にいずれも共通していることは、その手段が選挙人に対する直接的、事実的ないわば侵害的行為であることである。選挙人に対し、そのような直接的で事実的な行為が加えられることそれ自体でその内心において「判断の自由」が阻害されると同時に「投票の自由」がおびやかされるという危険が具体的にあるものばかりである。このことは、同法二二五条二号後段でとくにはつきりしている。すなわちその構成要件において、「その他偽計詐術等不正の方法」といつて、きわめて広汎であいまいな規定の仕方をしているかわり、明確に「選挙の自由を妨害したとき」という結果の発生を要件としている。これはあきらかに前示二三五条二号のばあいと異つていることであつて、このばあいは、抽象的に「判断の自由」だけに妨害される危険があれば、それで足りるのである。とくにそのうえ、「投票の自由」まで妨害されるという具体的危険までいらないこととされている。前者つまり同法二二五条各号等のばあいと後者すなわち同法二三五条二号のばあいとでは、本質においてどこに相違があるかといえば、おおよそ右のようなことに尽るかと考えるが、さらに、これをいつぱん的にいえば、同法二三五条二号のばあいでも、選挙人の「判断の自由」が阻害されれば、当然抽象的にもせよ、「投票の自由」も何らかの意味で犯されるおそれは、事柄の性質上考えられる。しかし前者すなわち同法二二五条各号等のばあいにおいては、「投票の自由」の不可欠的前提になつている「判断の自由」は、当然「投票の自由」のうちに内包した要素として、あくまで、その重点が「投票の自由」におかれており、同法二三五条二号のように保障の重点が、もつぱら「判断の自由」におかれ、「投票の自由」を抽象的に、一般的に、さらに間接的に保障しているのと大きい差異がないといわねばなるまい。こうして考えてみると、同法二二五条二号後段にいう「不正の方法」には、はつきりした限界がなくてはならない。文書の内容が激越とか、頒布の枚数が莫大というようにいわば「言論の暴力」というようなことでは犯罪構成要件の特定限界はできない。これはどうしても、「判断の自由」だけでなく、それが同時に「投票の自由」をも妨害したと判断されるほどの直接的、事実的な侵害による具体的な結果ないし危険の存否によつてこれが構成要件上の限界を決定しなければならない。

以上によつてみると、同法二二五条二号後段の「選挙の自由」とは単なる「判断の自由」だけを妨害したにすぎないものは、これに包含されていないと解するのを相当とする。したがつて、ここにいう「偽計詐術等不正の方法」という中には、単に選挙人をして判断を誤らせるにすぎない行為は、これを処罰の対象にしていないというべきである。

(ロ) 被告人の頒布した漫画は、判示事実で示したような内容である。これは、漫画による長谷川候補とみられる人物を誹謗した一種の文書である。右の漫画を閲覧したものは、その稚拙な図柄と他愛のない片言、警告によつて、一笑に付することこそあれ、これがため、あらためて長谷川候補の人物、素行、社会的声価、信用をいちじるしく誤つて認識させるものとはみとめられない。現に検察官提出にかかる証拠によれば、この漫画を見たものは、いずれも批判的で単なる長谷川派に反対する者の選挙運動の妨害としかみていないことがわかり、そこに一つとして、長谷川候補の人物評価について認識を変えたとするものがない。(もつともこれは、憲法上の秘密保障のためもあろうことは否定しない。)、もしかりに、右の漫画を見た選挙人がこの悪宣伝によつて候補者の人物について内心の判断を誤らされたものがあつたとしても、それは、判示のように公選法二三五条二号違反の結果にすぎない。このばあい、証拠判断上、わかることは、選挙人の正しい判断に何らかの抽象的な危険を及ぼしたかもしれないという以外に何もない。

(ハ) 一方証拠によれば、被告人は、深夜に乗じ、五台の自動車に分乗して、本件の誹謗文書を二万枚も頒布したものであり、かつ、その文書の発行名義も「水戸掃々会」というのであつて、架空団体の名義を使用しており、その内容が稚拙といつても、いささか誇張、歪曲に過ぎている点等があつて、けつして好ましいものでなく、現に被告人も認めているように、これは明らかに公選法に違反する文書の頒布であり、違法であることは疑いないけれども、ことさら陰険な手段で、いわゆる権謀術策だときめつけるほどのものともいえず、法律にいう偽計、詐術ともいえない。これは違法文書頒布罪における普通ありふれた方法の域を出ないものとおもわれる。

(ニ) 以上、要するに、本件においては、被告人の頒布した本件漫画によつて、これを閲覧した当該選挙人に対し、その選挙につき、「判断の自由」を抽象的に阻害したと見られても、具体的にそれが直ちに「投票の自由」の阻害にまでに当然結びつくほどの直接、事実的侵害行為による具体的危険があつたと認められない、というべきものである以上検察官のいうように、不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとまではいえないと判断するのを相当とする。

よつて右本位的訴因についてこれを認定をしないで、判示のように予備的訴因について事実を認定したわけである。(向井哲次郎)

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